第6回 小菅正夫/旭山動物園園長
   インタビュアー/石原嘉孝/オクノ社長


木漏れ陽の中ではヒョウの柄は見えません。
シマウマの白と黒の柄は・・・・


石原:例の「14枚の絵」が描かれた80年代にはすでに、
現在の形に構想的には固まっていたものですか?

小菅:まだ、そこまで行ってません。
その頃はただ、動物が本来持っている素晴らしさをどうやったら出せるかとか、
「模様の意味」をどうしたら伝えることができるか、を考えていました。

石原:「模様の意味」とは?・・・例えば、トラの模様の意味とは?

小菅:トラは1m程の背丈の草原の中にいます。
そこに彼らがしゃがみ込むと黒と黄色の縦縞になりますね。
それが草と一緒になるから彼らの姿はほとんど見えません。
強いコントラストの色も、白黒写真で撮ったら全く姿は消えてしまいます。
木漏れ陽の中ではヒョウの柄は見えません。
シマウマの白と黒の柄は草原では目立つと思いますね。
ところが彼らが20頭くらい一緒にいると、
その縞と縞が重なり合って一頭ずつの輪郭は消えてしまいます。
トラやライオンから見ると、
きっとそれは巨大な塊にしか見えなくなります。

石原:ほお〜。

小菅:生きているものに、意味のないものはないのですよ。
我々が見て変なものだなと思うものでも全部意味があります。
我々には、その意味がまだ解らないものがたくさんありますが…。

石原:とても面白いお話ですね。
そのことと先程の『系』との関係はどんなことになりますか?。

小菅:『系』がその模様なんかも含めて導いている、 のだと思います。
例えば、1m程の草丈のところで待ち伏せてして餌をとる生き物が存在することが、あの模様を生み出しているのです。
「模様があるからうまくいく」のではなくて、
「模様があった方が良い状況である」ので彼らは
「模様のある方向」に引っ張られていったのです。
そのように考えた方が「進化」はわかりやすい。

石原:茶色をしたカレイが、自分の色調整をしますね。
どうして廻りの砂と同じ色柄になっているのかわかるのか。
「お前もう少し色を足さないと合っていないよ」と、
第三者的に指摘がないと、自分ではわからないと思うのですが…。

小菅:「保護色」の問題を考えると、
その部分では「適者生存」というダーウィンの考えは有効だと言えます。
色を変える能力を得ても、彼らが優先的に生き残ることができなければ、
その性質は固定されません。保護色を上手にできたもの程、
攻撃を受けにくく、他の生物を補食しやすいので、
生き残る可能性は高いですよね。

石原:結局そうは言っても「進化の問題」としては、
それぐらいのところまでしか我々にはわかりませんね。

小菅:その辺りまでですね。
我々の一生程度の時間では、とても「進化」を目撃できませんからね。
進化は目に見えません。
ある人が1万年くらい生き続けることが出来たとしても、
「進化を見る」ことは不可能でしょう。

石原:「種の進化」とは気の遠くなるほどの時間の中で起こることですものね。

小菅:『種』は一定の数がいれば、その中の個体に「変異」があっても、
それはその種の全部の中に埋もれて、『種』は変化せず維持されていきます。
もし変化するとすれば、その『種』が絶滅の危機に際した時と考えられます。
たとえば、この先人間はいつ絶滅するのか知れませんが、
その危機が「全地球的に水没する」状況だったと想定しましょう。
そんな時、人間の中に皮膚呼吸や水中でも肺胞で直接酸素を取り入れる
能力のある人間たちがいたとしたら、
その「人間」は生き残り、新たな『種』を形成していくのかも知れません。
「通常の人間」はすべて死に絶えて、
そこに「空白」が出来ますから、新たな『種』が生まれる可能性があります。
これまでの歴史をみても、そのような絶滅による
「空白のチャンス」が与えられた瞬間に、
新たな生物がワァ〜とばかりに広がってきました。
「空白によるチャンス」がなければ、
「特殊な能力を持つ個体」がいたとしても、
全体の中に埋もれて来たはずです。
明治維新の時に、たくさんの英傑が出てきました。
でも、たとえ同じような優れた能力を持っていても、
江戸中期のような安定した社会では、
彼等は「変わり者」「馬鹿者」と言われて封殺されて埋もれていたはずです。
そのように、人の社会も生物の社会も、
同じ「ことわり」の中に存在しているのだと思います。


その揚げ句「ここがそうなんですか〜」と
声がますます小さくなってきます。
これは変ですよね。


石原:旭山動物園では、欧米と違って、生き物達のどこに注目してきたのでしょうか。

小菅:僕らが動物に注目する時には、
「楽しそうだね」とか「幸せそうだね」とか、
動物の感覚を平気で共有しますよね。
でも、欧米人はそれを笑いのネタにはします。
「あんなことをやって」と笑うんですよ。
ラスベガスなんかで、オランウータンに服を着せて演技させて、
それを観ている観衆がゲラゲラ笑っていますね。
僕はかわいそうで、とても見ておれません。

石原:そこの感覚部分が、旭山動物園のオリジナリティの原点なのでしょうね。

小菅:でもね。皆さんがね、
「どこを参考にしたのですか?」と聞くんですよ。必ず。

石原:日本人は常に欧米を参考にしてモノを作って来たクセですね。

小菅:でも、それって明治以降のことで
江戸時代以前はそうではなかったですよね。
あの鎖国の中で、本草学の平賀源内や浮世絵の北斎等、
オリジナリティは多士済々です。

石原:でも、もう少しさかのぼると、
飛鳥の昔から「随」だ「唐」だと言ってきました。
「中国のこの書にこう書いてあるから正しい」というような
議論をずっとやって来ましたよ。

小菅:そうか。「都」の作り方からして、中国のマネでしたね。

石原:日本人は今でも、そのクセは抜け出ません。
アカデミズムの世界ほど、その傾向がありませんか。
モノマネを恥と思わないばかりか、逆に権威づけにしていますよね。

小菅:確かに、古代から中国等から文物を取り入れ崇めることが、
すっかり染みついてしまっていますね。
みんな「日本人には、オリジナルなものは発想できない」と思い込んでいるのかな。

石原:そもそも「オリジナル」ということの意味を理解して
いないのではないかと思います。
実は私は、今日のインタビューのテーマも、
第一にそこにあるのだと考えておりました。

小菅:…………。

石原:「オリジナル」、日本語で言えば「始源的」とでもいいますか。
それは、世界中でまだ誰も考えたことのない、人類で最初に作り出すこと 、
無から有を生み出すことだと思います。
ですが、そのことの「凄さ」を、
あまりよく理解していないのではないかと思います。
だからみんな「オリジナリティ」という言葉を、
軽く使っているのではないでしょうか。

小菅:そうですよね。僕が「いや参考資料はないんですよ」と言ったら、
「そうですか〜、スゴいですね!」と反応してくれるかと思ったら、
「あぁ、そうですか…」と声が下がるんですよ。 で、
「どこかあれば、そこに行ってみたいですね〜」と言うんですよ。その揚げ句「ここがそうなんですか〜」と声がますます小さくなってきます。(笑)
これは変ですよね。

石原:確かに変です。ですがそれが変だと思っていない人が、 圧倒的多数でしょう。まあ、今の中国の人などは、
それ以上に「オリジナルの価値」がわかっていませんが。
共産主義下にいたので、本物を見て、その凄さを感じる機会が最近までなかったからだと思います。
でも、彼等は歴史的に「オリジナル」を世界一持っている国民です。
「オリジナル」は、ゼロから作り出すのですから、
その過程では直感や研究や工夫や失敗や試行錯誤が繰り返されます。
でも「モノマネ」は、それらをすべてパスして、
「結果」だけを写し取ったものですから、
深みや本質がまるで違いますよね。

小菅:いまのところ、
日本も中国も韓国もそのような傾向にあると言えますね。

石原:そこだけは欧米に見習うべきです。
「オリジナルの価値」=「誰も今まで考えたことのないものを考え作り出したことの価値」です。
誰も考えたことのない、誰もやったことのないことを成し遂げた人には、
名誉と尊敬と実利があってしかるべきです。
「オリジナル」は、「それによって人類全体のあり方を拡大させる」と言えるのですから。
「オリジナルの価値」をキチッと認識して、旭川市民は「旭山動物園」をもっともっと誇りにすべきだと思います。

小菅:俳優の津川雅彦さんは、高く評価していただいているお一人です。
「旭山動物園は日本初の、日本唯一のテーマパークだ。」
「ディズニーランドよりもっとスゴいものが旭山にはある。」と至る所で言っていただいてます。
やはり「世界初のこと」に価値を見る方です。
モノを作リ、表現する人だからでしょうね。

石原:そこだけは旭川市民は絶対に理解しておくべきです。
「生命そのものを見せる動物園」として、
地上に初めて現出していることを認識した上で、
なお批判する方があればそれはそれで結構ですが。

小菅:・・・・・










逆に僕らは真っ白だから、
素直に動物を見ていたのかもしれません。


石原:そこまでオリジナルにやれたのは、
条件の一つに、旭川という「地方」であったことも揚げられませんか。
騒がしい、情報過多の「中央」でなかったから、
環境的に「純化」出来たという。

小菅:日本の大きな動物園には僕と同世代の方がたくさんいますが、
皆さんは盛んに欧米の“動物園詣で”をやっています。
僕らは地方の小さな動物園で、お金もなく、
職員数も少ないので、 1カ月も休んでアメリカの動物園に行って勉強して来るなんてとてもできませんでした。
でも大動物園の獣医師とか飼育の人達は、
必ずそのようにして欧米の人達と知り合いになり、
いろんなことを教えてもらって帰って来るんですよね。
逆に僕らは真っ白だから、素直に動物を見ていたのかもしれません。

石原:今売れっ子画家のあべ弘士さんや旭山動物園の方々が
持っている感じ方は、凄くやわらかいですものね。
阿部さんの絵の表現は、誰にもマネができませんものね。

小菅:彼の絵は本当にそうですね。独特です。理屈でないですものね。

石原:皆さんがやってこられた独自の方法を見ていると、
旭川のような地方都市が生き残っていくにはこれしかないんだ、
と私はつくづく思っています。
マネをやっても、下請的にこき使われるだけですし、
世界から注目されるものは何もないですものね。

小菅:そうですね。








>>菅原市長って面白い人ですね。
「どうぞ・・」とただ一言いったまま黙って聴いているんですよ。




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