OKUNO JOURNAL
前半は身体、後半は頭です。
だから志さえ高ければ、
多少高校の成績なんて悪くてもいいんですよ。
石原 金属工芸といえば新潟県のつばめ市が盛んですよね。
長原 ですが、あそこも極めて日本的です。せっかくナイフやフォークなど洋食器の素晴らしい製造技術を持ち、分業形態でコストも比較的安く作っていますが、下請けです。あのゾーリンゲンの刃物もつばめ市で作っているそうですが、独自ブランドがなくて世界に打って出れないのです。日本の得意分野は、「器用で繊細なものづくり」です。しかしそれは長所であり欠点でもあるのです。販売まで含めた全体を組織化しオーガナイズする力、戦略的に世界をマーケットにしてデザインするということが日本人はどうしても得意でないんですよねぇ。
石原 「ものづくり大学」ではそのマーケッティング力をつける教育も必要ではないですか。
長原 もちろん、そういった総合的なデザイン、マーケッティングといった経営力も後半2年で徹底的にやりますよ。前半は身体、後半は頭です。だから志さえ高ければ多少高校の成績なんて悪くてもいいんですよ。
石原 日本も、サッカーがそうなってきましたね。幼い時からサッカーをやらせて高校を出るか出ないかでプロになったりヨーロッパのチームに入ったりしてますよね。
長原 僕の構想もそうですよ。この大学を卒業した時、何人かはすぐにプロとして独立できるような教育内容を考えています。入学時ではなく卒業の方が「狭き門」であるような、徹底的な「ものづくりと総合デザイン」の大学です。「公立大学」ということで進めていますから、そのような私の意志がどこまで実現するかは多少の懸念がありますが。でも、人間は誰でも、クリエイティブにものづくりをすることを憶えたら面白くてやめられません。カメラマンでも自分の狙ったものを写したいと、一週間でも野営をする人がたくさんいますよね。
石原 日本でも音大というのはプロ志向の学生が多いかもしれませんね。
長原 音大を出ても世界に通用するプロとなれば何千人に1人かもしれませんがね。作曲、声楽、演奏などいろんなジャンルがありますからね。僕だって、中学1年生の頃はオペラ歌手になりたいと思っていたのですから(笑)。私はこう見えても子供の頃はボーイソプラノでね、学芸会や文化祭の音楽になったら私の独壇場でしたよ。独唱もやるし合唱もやるし、ですよ。
石原 それはそれは…(笑)。楽器の方はどうでしたか。
長原 まあ田舎の学校でしたから古くて小さなオルガンくらいしかありませんでした。それをコチョコチョいたずらしていたんですよ。ところが僕は小学生の時に、ほら、この指をケガしちゃったんですよ。兄と2人で馬のカイバを切っていた時に僕が間違ってそこに指を突っ込んじゃって、兄がプツッ…と切っちゃったんですよ(笑)。それで楽器をあきらめました。
石原 ハァ〜、そうですか…。
長原 それでもね、やろうとしたら出来たかもしれないですよ。でも僕の狙いはそもそもオペラ歌手なんですから。その頃校長先生の息子が持ってきた「リーダーズダイジェスト」というアメリカ雑誌の日本語版で、イタリアのカルーソーというテノール歌手が、スカラ座で歌って歌って歌ってノドの血管を切って、白いハンカチを血に染めながら舞台で倒れたという伝記物を読んじゃったんですよ〜(笑)。僕は歌が得意でしたから、それでオペラ歌手になりたいとね(笑)。まあ田舎の学校だからそんな音楽が良くできる先生も、私の才能を見つけてくれる人もいませんよね。ただおだてられてね(笑)。
石原 (大笑いして)音楽は得意中の得意…。
長原 ええ、音楽は常にトップです(笑)。でもね、まあ中学3年生ぐらいになるとグッと現実的になるんですよね。先生に「お前のその身長じゃぁなぁ」と言われましたよ。確かに女性のプリマドンナで180cmくらいなのがザラにいますよ(笑)。それを相手に演技しようとしたら、いくら延び上がってもまだ僕は遙かに足らないでしょう(笑)。それで悟ったんですよ。わかったオレは職人になろうと。極めて一気に現実的になってね(笑) 。
石原 いずれにしても芸術の血は流れていたんですね。お父様もそうですか。
長原 父にはなかったですよ。ただ家にあった蓄音機は影響したとは思います。小さい頃から兄貴が買ってきたレコードを聴いていて、その頃にしては音楽に親しんでいました。でも音楽だけではないですよ。小学校の子供芝居ではいつも主役です。その頃を思い出してみても、僕は人の前で喋ることにはほとんど抵抗感はなかったですよ。
石原 だからですね。創立10周年の時、東京のど真ん中でワンマンの家具ショーを平気でやってしまうのですね。いっそのこと日生ホールではなくて日生劇場の方を使ってやれば良かったんじゃないですか。
長原 そうだったね。ハッハッハッハッ…。(大笑い)


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