石原 |
長原会長には、芸術的能力と経営能力と組統能力がありますよね。
|
長原 |
経営能力といえば僕の場合“土くさい”ところから始まるのです。僕は中学校1年生の時に商売をやったことがあるのですよ。春先の土曜日にですが、学校から帰ってきたらカバンを家に放り込んで、そのまま山にアイヌねぎやワラビやフキ等を取りに行くのです。これを日曜日に電車に乗って旭川のあちこちにあった闇市に行って売り歩いたんです。闇市というのは戦後物資不足の時代に非合法で物を売り買いしていたところなのですが、そこにはオバさん達が大勢買い出しに来ていました。子供だから「もっと安くしなさい」とバカにされるのです。僕はいまいましいから、次々に別の闇市に場所を替えて歩いているうちに昼をとっくに過ぎて、葉っぱがしおれて、ますます値段が下がってしまいます。「ああ、商売には潮時がある」と身をもっておぼえましたよ。2,000円貯めてギターを買いたかったのですが、結局その春は800円までであきらめて、「ハーモニカ」で我慢しました。僕はその頃ハーモニカ2台を手に持ってこうやって吹いてましたよ(笑)。 |
石原 |
それにしても、芸術的センスと商売センスを両方持っている人は、そうはいませんよね。
|
長原 |
それで思い出しました。熊坂工芸にいた頃、前野市長のご自宅の書棚の注文を受けたことがありました。自分でデザインして作って、年末に納品に行った時、奥さんに「高いわね〜、少し何とかならないの」と言われて、たしか3万円くらいの値段でしたが、僕は1割くらい値引きしたのです。帰ったら熊坂社長に「何で値引きした」と怒られました。そして翌年の正月のある会合に出ると市長が来ておられて、スピーチの中で「商売は値引きなんかしちゃいかん」と言うのです。私のことを言っているんです(大笑い)。市長は旭川人の商売の姿勢全体について「自分で決めた値段にもっと自信を持て」と言いたかったのでしょう。奥さんに値切られて、社長に怒られて、公衆の面前で市長に叱られて。他の人はそんなことを誰も知らないですがね(笑)。 |
石原 |
しかし、前野さんという人もなかなかな人ですね。
|
長原 |
そう思います。それともうひとつドイツで学んだことです。作り手は使う人に直接製品を届けることで消費者ニーズが直に分かる、そのシステムが大変大事だということです。一般的に日本の職人は相手を知ることが不得手で、黙々と作るだけの人が多いのですよ。「良いか悪いかはモノを見れば分かるだろう」という気質ですよね。自信過剰かどうかは別として、私は使い手のニーズがあると確信を持ったものしか作っていません。お宅の店の扱い商品にしないと損をしますよ、という確信です。
|
石原 |
今までの人生で、これは自分にとってすごい経験だったというのをいくつか教えていただけませんか。
|
長原 |
たくさんあるので思いつく順にですが、まず一つは、ミュンヘンで見た「ハンドワーク展覧会」は刺激的でした。ドイツには珍しく手工芸展でしたが、大変面白い作品がいっぱいで、旭川もこういうものを作るところになるべきだ、と思いました。それと忘れもしない、あのデンマークのフレデリシア社の椅子達とその時味わった屈辱感ですね。その中の1つハンス・ウエグナーの椅子を、自宅で今でも使っています。もう一つ、コペンハーゲンの目抜き通り、ストロイエ通りにある「イルムスボーリオ」という百貨店の家庭用品の品揃えはすごいですよ。工業製品というより工芸的な物が中心ですが、色がとても美しい。これは北欧製品に共通することで、冬の寒さ暗さを裏返しにしたものですよね。
|
石原 |
子供の頃、絵はお得意でしたか。
|
長原 |
絵はそれほどでもなかったなあ。子供のときはやっぱり絵より音楽ですよ、僕は…。もちろんいまは必要だからデザイン画は描きますけれど。
|